8月 4日 スーパープラント「ヘンプ」の産業への活用 これまでとこれから
ヘンプ(産業用大麻・アサ)は、様々な産業分野で人類の生活に貢献できるかもしれない、潜在的な可能性を秘めた植物です。人類との付き合いは長く、日本では縄文時代から利用されていることが確認されています。
これまでどのように利用されてきたのか、また、これからどのような産業での利用が検討されているのか、確認してみたいと思います。
これまでのヘンプ
古代のヘンプ
人類のヘンプ(アサ)の利用は古代にまで遡ることができます。特に「繊維」としての利用の歴史は古く、日本では縄文時代の遺跡(貝塚)などから、ヘンプ繊維の痕跡が見つかっています。ヘンプ自体は中央アジア原産と考えられており、古代の人々はヘンプを栽培しながら移動し続け、日本にたどり着いたのではないかと考える人もいます。(交易によりもたらされた可能性もありますが、いずれにしてもロマンのある話です。)
その後、文明化が進むにつれ、特に繊維産業で活躍することになります。
繊維産業(上布)
日本でコットン(木綿)が広まり始めたのは、15世紀ごろと言われておりますが、庶民の普段着として一般的になったのは江戸時代からと言われています。それまでは、大麻(ヘンプ)・苧麻(ラミー)・葛(クズ)・楮(コウゾ)といった、植物の茎の靭皮(繊維)が主に衣類の原料として利用されてきました。
大麻と苧麻を使った麻織物の中でも、特に程度の良いものは朝廷や将軍家への献上品として贈られてきました。これが「上布」と呼ばれるものになりました。
アサはその強靭性から、漁網として利用されたり、綱(ロープ)、下駄の鼻緒、弓の弦などにも利用されてきました。夏の風物詩であった「蚊帳」もアサが原料でした。
食品産業
ヘンプの種子は、硬い殻が要因なのか、現在のような食品利用は少なかったようです。主にスパイスの一種として、特に七味唐辛子の原料としての利用されてきたことが最も有名です。また、一部の地域のいなり寿司の材料にも使用されています。
その他の産業
茎の芯部分である「麻幹(オガラ)」は、合掌造りの古民家の茅葺き屋根に利用されてきました。オガラは、お盆のときの精霊馬の足に使われたり、迎え火・送り火でも利用されています。オガラを炭化させた麻炭は、花火の火薬の原料としても使用されてきました。また、和紙は楮(コウゾ)が有名ですが、ヘンプ(大麻)の繊維を使ったものは麻紙(まし)と呼ばれます。他にも、繊維を加工した「精麻(セイマ)」は、神社の鈴緒やオオヌサなど、多くの神社仏閣関連の物品に利用されてきました。
これからのヘンプ(近代~未来)
ヘンプは、既製品の「代替品」としての存在感が高まってきています。ヘンプは環境への負荷が低く栽培することが可能で、栽培可能な気候の幅が広いため、クリーンかつエシカルな代替品としての価値を見いだされています。さらに、ヘンプの各部位がもつ機能性も、更に代替品としての価値を高めています。
食品産業
麻の実は、歴史的にはスパイスや漢方・生薬としての利用が多かったですが、食品としての利用は、ここ10~20年程度で世界中に広がっています。麻の殻を外した「ヘンプシード」は、世界中で健康食品・ナッツ類として広がりを見せています。麻の実から派生したヘンプシードオイル、ヘンプシードプロテイン、ヘンプミルクなどが欧米を中心に人気を博しています。
植物油脂としては貴重なオメガ3必須脂肪酸をたっぷり含み、また、タンパク質も豊富なのが特徴です。植物性プロテインの代表格であるソイプロテインの代替品としてヘンププロテインを利用する人も増えています。
健康食品産業
ヘンプに豊富に含まれている「CBD(カンナビジオール)」という成分も、2010年代から話題となり、世界中で消費されるようになってきました。CBDはカンナビノイドと呼ばれるグループの有機化合物で、ヘンプ(学名カンナビス)に顕著に多く含まれる成分のためカンナビノイドと呼ばれています。健康維持に役立つ成分ということで、健康食品産業では最も注目されています。
また、このCBD産業の勃興により、ヘンプの需要が急激に高まり、アメリカはヘンプ栽培が連邦法で完全合法化するに至るなど、社会の変化を生み出すまでになっています。
繊維(アパレル)産業
CBD産業の盛り上がりによる「ヘンプ」の認知度の上昇に合わせてなのか、欧米でのヘンプ栽培の合法化が進んでいるからなのか、もしくはSDGsやエシカル消費の意識の向上によってかはわかりませんが、ヘンプ素材のアパレル製品も増えていく傾向がみられます。
また、リーバイス社が全製品ラインにヘンプ素材を導入すると発表したり、コーデュラなどの化学繊維で有名なインビスタ社がヘンプ混の生地を発表したりしています。アウトドアブランドのパタゴニアは以前からヘンプ混製品を多数取り揃えていましたが、数年前からは米国内のヘンプ栽培試験プロジェクトをサポートするなどの動きも見せています。米国では、米国産のヘンプ繊維を用いて、紡績(糸を作る)や生地製造から始めようという企業も出ています。
ヘンプ繊維は、繊維が硬くシワになりやすいというデメリットはありますが、多孔質で強靭という機能性を有しており、今後も注目度は高まっていくものと考えられます。
医療・嗜好品産業(医療大麻・嗜好大麻)
医療大麻とは、大麻(マリファナ)の医療目的での利用を指します。医療大麻は痛みを和らげる医薬品の代替品としても利用されています。医療・嗜好のいずれにしろ、大麻を合法化した国や地域には、株式上場を果たした大麻関連企業が増え続けています。大麻由来の医薬品を製造する製薬会社もあれば、ビールやタバコといった他の嗜好品を販売するグローバル企業に買収される大麻関連企業もあるようです。合法の大麻市場は2028年までに915億米ドル(9兆円)までに達すると予想されています。
建築産業
オガラ(木質部分)は前述の茅葺き屋根などに利用されてきましたが、現在は、オガラを熱圧縮したパーティクルボードやヘンプウッドと呼ばれる新素材が開発されています。オガラをチップ状に砕いたものを石灰などと混ぜたヘンプクリートは壁材(断熱壁)といった製品も登場しています。テルモハンフという、繊維部分を使った断熱材は10年ほど前には製品化されています。ヘンプ繊維やオガラは多孔質性を有しており、空気を沢山蓄える=調湿性や断熱性が高いという機能を有しています。これが断熱材や壁材に適しているとされ、製品開発に利用されています。
多くはまだまだ一般的な代替素材ではありませんが、ヘンプ栽培が大規模化するにつれて、コストメリットにより徐々に広がっていく可能性があります。
製紙産業
前述したとおり、ヘンプは紙の原料にも使えます。ヘンプペーパーと呼ばれ、その殆どがタバコの巻紙などに利用されています。ヘンプ繊維を利用した不織布を開発も進んでいるようです。製紙パルプ用原料となる木材の伐採問題が叫ばれる昨今ですが、これらの代替となりうるヘンプペーパーも、ヘンプの繊維収量が増えていくに従って存在感を増してくる可能性があります。
自動車産業(バイオプラスチック関連)
ヘンプの繊維とプラスティックを融合させたヘンプバイオプラスチックでは、ヘンプフラックス社のヘンププラスチックが既に欧州車での採用実績があります。グラスファイバー+プラスティックの代替品として、強靭なヘンプ繊維を利用するようなイメージです。クリーンなイメージの欧州車には特にマッチする代替素材かもしれません。また、近年では3Dプリンタ用のフィラメントや射出成型用ペレットなども開発されています。
未来の課題はコストメリット?
いずれの産業への既存素材の代替利用の場合も、コストメリットの面で、まだまだ一般的になるのに時間を要する可能性が高そうに感じています。ですが、世界中で着実にヘンプ栽培の開放が始まっています。
何年後になるかはわかりませんが、皆様の興味がある産業でも、ヘンプが新素材として目にする日が来るかもしれません。